2020年10月2日、大阪で株式会社廣野鐵工所を経営する廣野幸誠さんは父・元吉さんが新車で購入した1966年型フォルクスワーゲン・タイプ1コンバーチブルに奥様を乗せ、愛知県豊橋市まで250kmの最後のドライブに出掛けました。10年前に急逝した元吉さんの遺志からフォルクスワーゲンのミュージアムに寄贈することが実現し、ドイツ行きの自動車輸送船に載せるためです。出会いは1本のスパナから「父は35年前に出掛けたドイツ視察旅行でフォルクスワーゲンやメルセデスベンツの博物館を見学していました。帰国後に、“このクルマも、いつか里帰りさせてやることができたなら幸せやろうなぁ”と口癖のように語っていました」元吉さんのドイツ機械工業に寄せる絶対的な信頼は、終戦後の焼け野原から始まっていました。当時の日本製工具の品質が低劣なのと違って、ドイツ製のそれは優秀で、今日まで続くその後の事業を大きく切り開いていくキッカケとなりました。スパナを形どったモニュメントが作られ、社屋の入り口に飾られているほどです。54年前にタイプ1コンバーチブルが納車された時、廣野さんはまだ小学生でした。中学生になると、元吉さんは空冷水平対向4気筒輸入された車両が並ぶヤードで里帰りを待つタイプ1コンバーチブル本記事の元となる1台のフォルクスワーゲンを巡るストーリーの詳細は、多数の写真と共にWebマガジンに掲載されています。ぜひご一読ください。https://www.volkswagen.co.jp/ja/magazine/type1.htmlエンジンのピストンやクランクなど摩擦部分の設計の優秀性などを“教材”にして、廣野さんに金属加工や機械製造などの基礎を噛み砕いて説明してくれたそうです。旅立ちの日当日は天候にも恵まれ、渋滞にも巻き込まれず、予定通り250kmを4時間あまりで走り切り、豊橋市のフォルクスワーゲン グループ ジャパン(VGJ)に到着しました。海に面した敷地の一角が広大なPDIセンターになっており、日本に向けて輸出されてきたフォルクスワーゲンやアウディ、ポルシェ、ベントレーなどが陸揚げされ、納車前の検査が行われています。タイプ1コンバーチブルは、ここからドイツに戻る船に載せられ、太平洋、南シナ海、インド洋、スエズ運河を通って、ドイツのエムデン港まで運ばれていく予定です。タイプ1コンバーチブルがゲートをくぐり、建物の角を曲がると多くの従業員が出迎えてくれました。なんと、その中心で花束を抱えているのは、VGJ社長(当時)のティル・シェア氏ではありませんか。どうやら、サプライズ歓迎セレモニーのようです。「フォルクスワーゲンで働き始めてから、今日ほど感激したことはありません。よく、ここまで乗り続けてくれました。重ねてお礼を申し上げます」廣野さんも万感迫るようです。「父は10年前に突然の心臓発作で亡くなったので、このクルマがドイツに還ることはもちろん知りません。でも、父の最後の望みでしたから、きっと喜んでくれていることでしょう」その場に集まったVGJの従業員たちから大きな拍手が送られました。キーと登録書類一式をシェア社長に渡すと、廣野さん一家は清々しい表情でVGJを後にしました。モノへの想い終戦後の耐乏期のドイツ製スパナに端を発する元吉さんの物語がタイプ1コンバーチブルに結実し、また、ドイツに戻っていきます。「モノには、それを造った人の魂が込められている」元吉さんの想いは力強く、永遠に響いていくことでしょう。(文:金子浩久 写真:田丸瑞穂)102フォルクスワーゲンの神髄を語る2 Volkswagen お客様訪問タイプ1 ドイツへの里帰り
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